神戸地方裁判所尼崎支部 昭和59年(ヨ)275号
申請人
能勢通子
右訴訟代理人弁護士
川崎伸男
同
中道武美
同
横井貞夫
被申請人
西宮電機工業株式会社
右代表者代表取締役
足立宜久
右訴訟代理人弁護士
飯島久雄
主文
一 申請人の申請をいずれも却下する。
二 申請費用は申請人の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 申請の趣旨
1 被申請人は、本案判決確定に至るまで、申請人を被申請人の従業員として仮に取り扱え。
2 被申請人は、申請人に対し、昭和五九年一〇月以降本案判決確定に至るまで
(一) 毎月二八日限り各金一三万五三六六円を、
(二) 毎年七月末日限り各金一九万円、毎年一二月末日限り各金二一万円を、
それぞれ仮に支払え。
3 申請費用は被申請人の負担とする。
二 申請の趣旨に対する答弁
主文と同旨。
第二当事者の主張
一 申請理由
1 被保全権利(争ある権利関係)
(一) 被申請人は、電気工事の請負、電気機器具の販売及び修理等を業とする株式会社である。
(二) 申請人は、昭和四九年三月二七日に被申請人に雇用され、一か月間の試用期間を経て、同年五月一日事務系職員として本採用となり、昭和五二年九月に満五三歳となって退職し、翌日から嘱託として再雇用され、引続き勤務してきたものである。
(三) したがって、申請人は被申請人の従業員としての地位にあり、被申請人に対し雇用契約(以下本件雇用契約という。)上の権利を有するものである。
(四) 申請人は被申請人から毎月二五日締め二八日払で賃金を受領しており、昭和五九年七月分ないし九月分で合計金四〇万六一〇〇円の賃金を支給されている。したがって一か月の平均賃金は金一三万五三六六円となる。
また賞与は、毎月七月と一二月に支給されているが、支給基準は不明確であり、昭和五八年一二月には金二一万円、昭和五九年七月には金一九万円が支払われている。
(五) ところが、被申請人は、昭和五九年九月二五日に、申請人に対し一方的に解雇する旨通告し、申請人の従業員としての地位と雇用契約上の権利を否定しており、そのため、当事者間に右権利関係について争いがある。
2 保全の必要性
申請人は、二級の身体障害者で車椅子の生活をしている夫との二人ぐらしであり、被申請人から支給される賃金によって生活を支えていたが、右解雇通告により賃金の支給を断たれたため、それ以降申請人夫婦は、申請人の夫が受給する障害年金、厚生年金等の年金収入により生活を支えている。しかし、それは月額一三万円余りしかなく、借家生活の二人は非常に苦しい生活状態である。申請人は、被申請人を相手に雇用関係存在確認請求の本案訴訟を提起すべく準備中であるが、本案判決の確定を待っていては、生活苦のため回復しがたい損害を蒙ることは明らかである。
二 申請理由に対する答弁
1 申請理由1(一)の事実は認める。
2 同1(二)の事実は認める。なお、申請人の昭和五二年九月二八日付退職は、定年退職(女子五三歳)である。
3 同1(三)は否認する。
4 同1(四)の事実は認める。
5 同1(五)の事実は認める。
6 同2の事実は不知。
三 抗弁
被申請人は、昭和五九年六月二八日に、申請人に対し、同年九月二七日をもって同人を解雇する旨予告した。したがって、同日をもって解雇の効力が生じ、被申請人と申請人との間の本件雇用契約は終了したから、申請人は被申請人の従業員としての地位を有しない。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁事実は否認する。被申請人は、昭和五九年九月二五日に、突然、申請人を同月二七日限りで解雇する旨通告してきたものであって、予告解雇ではない。
2 被申請人が申請人に対し、同年六月二八日に、「昭和五九年九月二七日を以って現在の嘱託職を解職致します。但し引続き当会社に就職希望があれば昭和五九年八月二七日までに申出を願います。もしお申出のない時は退職されるものと決定いたします。」という趣旨の文言を記載した昭和五九年六月二八日付通知書(疎甲第一号証。以下六月二八日付通知書という。)を交付した事実はあるが、これは、当時被申請人に雇用されていた申請人ほか三名の嘱託職員について、今後一年契約制を導入することとし、同年九月二七日をもってその一年契約に移行することを前提に、あらたな労働条件を協議することを通告する趣旨のものであって、申請人との雇用関係を終了させる意思でなしたものではない。したがって、右通知書の交付は解雇予告ではないから、同年九月二七日付の解雇通告は、右通知書と関連性を有しないものであり、本件雇用は労働基準法二〇条の要件を履践しないものであって、無効である。
五 再抗弁
仮に本件解雇が労働基準法二〇条一項の予告解雇の要件を備えていたとしても、その解雇は次の理由により無効である。
1 解雇権の濫用
(一) 本件解雇は、解雇をなすべき理由が全く存在しないのになされたものである。すなわち、前述の六月二八日付通知書の記載からすれば、申請人から就職希望の申出があれば再雇用するというのであるから、同年九月二七日をもって解職するとなっていても、それは、申請人との雇用関係を絶対に断ち切るということではなく、一年契約制にして、毎年契約更新ごとに労働条件を切り下げていくためのものにすぎない。したがって、解雇・再雇用といっても、結局、労働条件を合意のもとに変更して雇用を継続するのと何ら変りはない。現に、申請人と同一内容の通知書を交付された他の三名の嘱託職員も、全部が解職されたわけではなく、そのうち訴外青木某と同津田某の両名はそのまま被申請人のところで勤務しているのであり、右通知書は、労働条件の協議を行ったうえで、引続き雇用関係を継続することを予定していたものである。そうすると、本件解雇については、被申請人には、もともと、申請人との雇用関係を完全に終了させるという意味での解雇の意思はなかったものといわなければならない。
そのほか、申請人について、職務能力の点でも、人物性格の面でも、従業員として不適当なところはなく、被申請人の方でも、従業員を削減する必要があるほど経営状態が悪いわけでもない。
要するに、本件解雇は、申請人ら嘱託職員全員を、安価な労働力として、将来使い易く、かつ、切り捨て易い形にしておく狙いで、一年契約制をとることを目的としたものであって、本来の解雇の理由があるものとはいえない。
(二) しかも、北大阪合同労働組合(以下北大阪合同労組という。)の一村和幸書記長(以下一村書記長という。)が、申請人の代理人として同年七月一〇日と同年八月三一日の二回にわたり被申請人代表者と面談し、申請人に対する解雇は受け容れられないこと、申請人が引続き雇用され、勤務を継続したいという意思をもっていることを伝えたうえ、労働条件の交渉の申し入れをなしていたものであり、特に同年八月三一日については、同書記長の都合で前記通知書の再雇用申出期限である同月二七日までに交渉期日を入れることができないという事情を被申請人代表者において了解のうえ、同月三一日を交渉日として設定し、その日には一村書記長と被申請人代表者との間で、申請人の労働条件をめぐる交渉が行われ、被申請人代表者は申請人の業務内容及び賃金について文書で回答する旨確約していたにもかかわらず、被申請人は、その後何らの回答もせず、同年九月二五日に突如申請人を解雇する旨通告してきたものである。
(三) 右のような事情のもとになされた本件解雇は、解雇権の濫用であるから、無効である。
2 不当労働行為
(一) 本件解雇は、申請人が労働組合を結成し、労働条件をめぐり、被申請人と交渉するなど労働組合の正当な行為をしたことを理由とするものであるから、不当労働行為であって無効である。その経緯は以下のとおりである。
(二) 被申請人は、昭和五九年六月二八日、申請人に対し、同日付通知書をもって、同年九月二七日をもって解職したい旨、また、同年八月二七日までに雇用継続の希望があれば、労働条件を協議したい旨通知してきた。そこで、申請人は、北大阪合同労組へ相談に赴き、検討を重ねたすえ、北大阪合同労組西宮電機工業分会を結成し、同年七月九日、被申請人に対し、組合結成の通知と要求書を提出した。
(三) 翌七月一〇日、北大阪合同労組の一村書記長が、右要求書について被申請人代表者足立宜久(以下足立社長という。)と交渉したところ、同社長から、「時間外手当、休日出勤手当については、法律を守り確実に支払う。夏期一時金については検討する。労働組合を嫌悪せず、個人に対しいやがらせはしない。」との応答を得た。
(四) 更に申請人は、同年八月二〇日に同書記長を通じて被申請人に対し、雇用継続の意思を伝えるとともに、労働条件についての交渉を申入れた。そして、同月三一日、同書記長と足立社長との間で、申請人の労働条件をめぐる交渉が行われ、同社長は、それについて文書で回答することを確約した。しかるに、被申請人は、その回答もなさずに、同年九月二五日に、前述のとおり、いきなり申請人に対する解雇通告をなしてきたものである。
(五) 被申請人は、右のように申請人が労働組合を結成し、労働条件などの交渉を行ったことを嫌悪し、申請人を排除しようとして本件解雇をなしたものであり、明らかな不当労働行為である。
六 再抗弁に対する認否
1 解雇権の濫用について
(一) 申請人を解雇したのは、申請人が嘱託でありながら世間一般の定年年齢である六〇歳に達したこと、被申請人の経費節減の必要並びに申請人の勤務能力低下によるものであり、本件解雇は合理的な理由にもとづくものであるから、解雇権の濫用ではない。すなわち、申請人は、昭和五二年九月二八日に満五三歳になったので、就業規則により定年退職し、その翌日嘱託として再雇用されたものであるが、昭和五九年九月二八日の時点では、世間一般の定年年齢である六〇歳になるうえ、平素の勤務態度が悪く、事務能力も低くて、仕事の能率が悪かった。一方、被申請人の最近の受注並びに売上状況は、建設業界の不況のあおりを受けて、量及び採算とも厳しいものがあり、昭和五九年六月の決算では、売上げ約金三億八三〇〇万円で、一応収支見合った状態であったが、同年下半期の見通しは極めて暗く、当時の受注量からみると、更に決算内容が悪化することが必至であり、苦しい経営状況の中で、経費節減による合理化のために人員削減の必要に迫られていた。そこで、被申請人は申請人ら嘱託職員を解雇せざるを得なくなり、就業規則二二条二項三号により申請人を解雇することとし、六月二八日付通知書をもって解雇予告をなしたものである。
(二) 同通知書に、申請人から所定期限までに就職希望の申出があれば、その後一年間の給与その他の労働条件を提示して、引続き嘱託として就職することの可否を協議する旨の記載があることは認めるが、それは申請人主張のように当然再雇用することを予定していたものではなく、ただ温情的な考慮から、その期限までに就職希望の申出があれば、給与その他の条件を話し合い、もし合意ができるならば一年間の臨時職員として再雇用することもあることを示したものにすぎず、あくまで予告解雇をなすことを前提にしていたものである。
(三) 申請人と同時に解雇予告を受けた四名の嘱託職員のうち、訴外青木某と同津田某の両名がなお被申請人のもとで勤務を継続していることは事実であるが、右両名は役員登用が予定されていたもので、右津田はすでに監査役に就任し、また、右青木も本来ならば取締役に就任すべきところ、本人の家庭の事情から就任を見合わせているものであり、右両名の勤務継続は、嘱託職員全員解雇の必要と矛盾するものではない。
(四) 北大阪合同労組の一村書記長と被申請人代表者が、昭和五九年七月一〇日と同年八月三一日に会談したことはあるが、同書記長の話は、労働組合の結成通知と一般的な組合要求に関すること及び申請人に対する解雇の絶対的な撤回要求のことだけであって、申請人の再就職希望の申出あるいは再就職の労働条件についての交渉は全くなかったので、被申請人としては、申請人に再就職申出の意思はないと判断して、再雇用せずに退職となることを最終的に確認する意味で同年九月二五日付の解雇通知書を申請人に交付したものである。
(五) 以上のような事情により、申請人の年齢、能力及び勤務態度と、被申請人の経営悪環境の中での合理化の必要から、申請人を解雇するに至ったものであり、解雇権を濫用したものではない。
2 不当労働行為について
(一) 申請人の再抗弁2(二)(三)の事実は認めるが、同2(一)(四)(五)の事実は否認する。
(二) 申請人が労働組合を結成し、労働組合員として被申請人と交渉するようになったのは、被申請人が六月二八日付通知書によって申請人を解雇する旨の予告をした後のことであって、被申請人がその組合結成を知ったのは昭和五九年七月九日になってからであり、それまでは全く知らなかった。したがって、被申請人に不当労働行為の意思がなかったことは明らかである。
第三疎明
本件記録中の書証目録及び証人等目録のとおりであるから、これを引用する。
理由
第一当事者間に争いのない事実
一 申請理由1(一)(二)の各事実は当事者間に争いがない。
二 抗弁事実のうち、被申請人が申請人に対し、昭和五九年六月二八日に同日付通知書(疎甲第一号証)を交付したことは当事者間に争いがない。
第二本件解雇に至る経緯
(証拠略)、申請人本人及び被申請人代表者各尋問の結果並びに弁論の全趣旨を綜合すると、以下の事実が一応認められる。
一 申請人は、昭和四九年三月二七日に被申請人に雇用され、事務職員として勤務してきたが、昭和五二年九月二八日に満五三歳になったので、就業規則二二条により定年退職した。しかし、その翌日から嘱託として再雇用され、引続き被申請人に勤務していたもので、仕事の内容も従前と変りはなかった。
二 被申請人は、昭和五九年になって営業状況が悪化し、経営が苦しくなったため、合理化による経費節減の必要に迫られ、事務部門を縮少する方針をとり、申請人ら四名の嘱託職員を全員解雇することとし、同年六月二八日に、前出疎甲第一号証の通知書と同内容の通知書を、申請人ら四名の嘱託職員に対し、それぞれ交付した。
右のようにして、申請人も六月二八日付通知書を受取ったが、これには、「昭和五九年九月二七日を以って現在の嘱託職を解職致します。但し、引続き当会社に就職希望があれば昭和五九年八月二七日までに申出を願います。もしお申出のない時は退職されるものと決定いたします。尚申出のある時は当会社の考へ方を申し上げ、其後一ヶ年間の給与金其他を提示し引続き嘱託で就職如何を定めます。」と記載されていた。
三 一方、申請人は、その前年の昭和五八年九月二八日頃、被申請人代表取締役会長足立一之祐(以下足立会長という。)から、「これからは、一年契約にする。」と言われたことがあったため、それから一年経過すると退職させられるのではないかという不安があり、また足立会長から、日頃何かといやがらせを言われているようにも思われたので、昭和五九年六月二三日、知人から紹介を受けた北大阪合同労組の一村書記長に相談を持ちかけた。そこで、同書記長は、同月二七日に申請人宅を訪問したところ、申請人から、「会社でいやがらせされて働きにくい。何とかならないだろうか。」などと相談を受けたので、申請人に対し、北大阪合同労組に加入するようにすすめ、同労組の分会を作るように指示した。
ちょうどその翌日の六月二八日に、申請人は前記のように被申請人から六月二八日付通知書を受け取ったので、ただちに同書記長に連絡し、打合わせをしたうえ、同年七月九日に、申請人が北大阪合同労組に加入し、同労組西宮電機工業分会を結成した。
四 そして、同日ただちに、一村書記長と申請人が足立会長に面会して組合結成通知書(疎甲第二号証)と要求書(疎甲第三号証)を手渡したうえ、翌一〇日に同書記長が足立社長と会見し、右要求書に掲記されていた就業規則の明示、時間外手当、休日出勤手当、夏期一時金、労働組合の掲示板の貸与及び労働組合を嫌悪しないことなどの事項について改めて要求し、話し合った。さらに、同年八月三一日にも両者が話し合ったが、同書記長の方は、申請人の解雇そのものに絶対反対で、あくまでも従前の雇用関係継続を前提にして労働条件の向上改善を要求するのに対し、足立社長の方では、解雇を前提にして、所定期限までに再雇用の申出があれば、その場合の労働条件の話し合いに応ずるという立場で、互に譲り合わず、双方の主張がかみ合わないまま、結局、同書記長が、会社側の回答を書面にして労働組合側に示してほしいと求めたのに対し、足立社長としては、申請人から再雇用の申出のない限り、六月二八日付通知書所定の期限がくれば解雇についての会社側の最終決定を出すという意味で、「後日書面で回答する。」と答えて、交渉はもの別れに終った。
五 その後、一村書記長と被申請人側との交渉もないまま経過していたが、同年九月二七日になって、足立社長が申請人に対し、同日をもって申請人を解雇する旨の同月二五日付解雇通知書(疎甲第四号証)を手渡した。
第三被申請人の抗弁について
一 被申請人は、抗弁として、六月二八日付通知書によって労働基準法二〇条一項に従い解雇予告をなし、その予告期間経過により、昭和五九年九月二七日をもって申請人は解雇されたと主張するのに対し、申請人は、同通知書を受取ったことは認めるものの、それは解雇予告ではないとして争っている。
二 しかし、右通知書の文面は前述のとおりであって、これには、申請人を昭和五九年九月二七日をもって解職する旨の文言が明記されており、その記載自体においても同年六月二八日の交付日から三〇日以上の期間を置いた日を解雇の日と明示して解雇の意思を表示するものであって、労働基準法二〇条一項所定の解雇予告の要件を具備しており、かつ、前記認定の経緯に照らし、被申請人が右通知書を申請人に交付したのは、その文言どおり申請人を解雇する意思をもってなしたものと認めるのが相当である。したがって、申請人の主張するように、単に一年契約制に切り換えて雇用を継続する意味のものであるとは認められない。
三 たしかに、同通知書には、申請人から再就職希望の申出があれば、更に一年間の労働条件を定めて嘱託として引続き雇用することもある旨記載されているので、雇用継続を予定しているかのようにも見られるが、その文脈から明らかなように、再就職の申出があれば当然に雇用を継続するというのではなく、実際に再雇用されるのは、そのための条件について合意ができた場合に限られるのであって、合意が成立しなければそのまま退職することを前提にしているものと見るべきである。また、それについての被申請人の意向も、(証拠略)及び被申請人代表者尋問の結果によって認められるように、申請人から再就職の希望があれば、それまで担当していた経理事務の仕事ではなく、雑役など、より単純な作業に従事させ、それに伴って給与等の待遇面の条件はそれに見合う程度に切り下げることとし、それでもよければ再雇用するという方針であったものであり、その趣旨で前記通知書に再雇用についての但書を付記したものである。したがって、それは、従前の雇用関係は一旦終了させたうえで、もし申請人が望むのであれば、より低い給与を承諾することを条件に、全く別個の雇用契約によって再雇用しようとするものであるから、従前の雇用関係の継続を予定していたものと見ることはできない。
四 また、申請人のいう一年契約制ということについては、(証拠略)並びに申請人本人及び被申請人代表者各尋問の結果により、昭和五八年九月頃に、足立会長からそのような発言があったことが窺われるが、その場限りのもので、その発言の趣旨や真意も明瞭でないうえ、足立社長の方は何も関知していないし、被申請人として正式にそのような方式の採用を検討した形跡も見られないので、足立会長の右発言と六月二八日付通知書とは直接の関連はないものと考えられる。したがって、右通知書が従前の雇用関係を単に一年契約制に移行する趣旨のものであるとする申請人の主張は首肯しがたい。もっとも、六月二八日付通知書に、再雇用の希望の申出があった場合について、「一ヶ年の給与金其他の条件を提示し」という記載があり、前出疎甲第一一、一二号証によるとそれは再雇用者を一年契約の臨時工として採用する趣旨であるから、少くとも再雇用者については一年契約制を予定していることになり、同通知書を作成したのが足立会長である(<証拠略>及び被申請人代表者尋問の結果)ところからすれば、同会長のいう一年契約制がそのような形で同通知書に現われているとも考えられる。しかし、それはあくまで再雇用者を対象とするものであり、従前の雇用契約をそのまま継続させながら一年契約制を採用するものでないことは同通知書の文面からも明らかであるから、同通知書はやはり解雇予告の趣旨でなされたものと見るのが相当である。
五 以上のように、右通知書は、被申請人が予告解雇をなす意思で作成して申請人に交付したものと認められ、かつ、その記載内容においても労働基準法二〇条一項の解雇予告の要件を具備するものであるから、これによって申請人に対し、適法に解雇予告がなされたものというべきである。
(証拠略)及び申請人本人尋問の結果中以上の認定と異なる部分は信用できず、ほかに右認定を左右するに足る疎明はない。
第四申請人の再抗弁の当否
一 解雇権の濫用について
1 被申請人の主張する解雇理由は、申請人が六〇歳に達すること、被申請人の経費節減の必要並びに申請人の勤務能力低下ということであるが、被申請人代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨からすれば、被申請人の経営悪化から人員削減の必要が生じ、そのため申請人を含む四名の定年退職後の再雇用者である嘱託職員全員を解雇することにしたというものであるから、それは経営合理化のための余剰人員の整理であり、いわゆる整理解雇の場合にあたるものと考えられる。
使用者の解雇権の行使も、それが客観的に合理的理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合には、権利の濫用として無効になる(最高裁昭和五〇年四月二五日判決、民集二九巻四号四五六頁。)と解すべきであり、解雇が有効とされるためには解雇事由の合理性ないし相当性が必要であるが、整理解雇についていえば、その人員整理が企業の合理的運営上やむを得ない必要に基づくものと認められる場合であることと、具体的な解雇対象者の選定が客観的、合理的な基準に基づくものであることの二要件が必要である。そこで、本件解雇について、その点の当否を検討する。
2 先ず、人員整理の必要性についてであるが、(証拠略)、被申請人代表者尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、被申請人の業界では、長い間の不況続きで、全般に仕事量が少くなったうえ、過当競争が激しく、経営が困難な状況にあり、被申請人も、そのような情勢の中で業績が振わず、昭和五九年七月から昭和六〇年六月までの期間の利益は、前年同期すなわち昭和五八年七月から昭和五九年六月の間に比べて約六四パーセントも減少したこと、したがって、昭和五九年六月の決算ではようやく収支見合った状態を維持したものの、その当時においても同年下半期の見通しは暗く、さらに決算内容が悪化することが必至と見られる状況にあったことが一応認められる。したがって、被申請人が、本件解雇当時経営状態が悪化しており、企業維持のために、人員削減等の経営合理化を必要とすべき客観的状況にあったことについては、疎明がなされたものということができる。
3 次に、申請人を解雇対象者に選定したことの合理性についてであるが、既述のように今回の解雇は、申請人だけではなく、申請人を含む嘱託職員全員について一律になされているのであり、ほかに解雇された者はないので、被申請人としては、整理基準として嘱託職員を対象としたものということになる。嘱託とは、本来の意味では、会社等からその業務の一部を委任契約の形で委託を受け、その対価として報酬を受ける者をいうとされているが、実際にはそのような場合に限らず、雇用契約(労働契約)による職員と変らない勤務形態のものもあって、嘱託と呼ばれていても、その契約関係や身分あるいは地位は一様ではない。被申請人における嘱託の場合も、定年退職者の再雇用であるが、職務内容は従前と変りはなく、その勤務形態から見ても一般従業員と何ら異なるところはないので、それは通常の雇用関係であり、申請人と被申請人との間の法律関係も雇用契約(労働契約)であると認められる。しかし、定年退職後の再雇用の従業員を特に嘱託と呼んで区別しているのは、正規の従業員との間に待遇や労働条件の面である程度の差等を設けることを意味するものと考えられる。一般に、老令による定年退職後の再雇用は、退職後の収入確保による老後の生活への配慮、当該企業への功労や寄与への報奨、退職者の従前の経験や技能の再活用等の理由によって行われるものであるが、すでに正規の従業員資格を失っているうえ、老令による労働能力の低下が更に進むことが明らかな者を、右のような特別の考慮によって再雇用するのであるから、それだけ正社員に比べて企業との結びつきが稀薄であり、雇用保障の必要性もまた低下しているものということができる。したがって、嘱託職員は、労働条件においても、雇用保障の面でも、正社員よりも不利な処遇を受けることもやむを得ないところであり、解雇の場合にも、解雇事由の合理性ないし相当性が要求される度合いが減じ、解雇権の濫用として解雇が無効とされる範囲は小さいものと解すべきである。
このような嘱託職員の性質からすれば、人員削減の必要が生じたときには、できるだけ正社員の解雇を回避して、先ず嘱託職員を整理解雇の対象とすることは、合理的な整理基準であるということができる。
もっとも、被申請人代表者尋問の結果によると、今回の人員整理で申請人を含む嘱託職員四名全員に対して予告解雇がなされたものの、申請人を除く他の三名のうち、実際に退職したのは吉田某一名のみで、他の二名はその後も引続き被申請人に勤務を続けており、その一人の津田某は昭和六〇年八月から被申請人の監査役に就任し、もう一人の青木某は、被申請人の方では取締役に就任を要請したが、同人が家庭の事情でそれを辞退したため、嘱託の身分のままで職務内容や給与も変らずに、従前どおり勤務を続けていることが認められる。そうすると、同じく嘱託職員として整理対象者になったとはいいながら、実際には一律に整理基準が適用されたものでないかのようにも見られるが、もともと六月二八日付通知書において被解雇者全員につき再雇用の希望の申出があれば協議する旨提示されているのであり、再雇用の申出があれば個別に協議し、合意の成立した者については再雇用され、その申出のない者あるいは申出があっても合意が成立しない者については再雇用されないことになるものであって、申請人についても、右の意味での再雇用の機会は平等に与えられていたものであり、その点で申請人が特に差別的な取扱いを受けていたわけではない。申請人がその再雇用の申出をなしたかどうかについては争いがあるが、申出があったとしても、被申請人に再雇用の義務があるわけではなく、個別の協議による合意の成立がなければならず、その際被申請人としては、個々の被解雇者ごとに、その職務能力、それまでの企業への貢献度や実績等の事情を考慮して、再雇用すべきか否か、あるいは再雇用する場合の労働条件や待遇を個別的に定めることになるものであり、前記津田某と青木某が再雇用されたのもそのような個別的な事情についての考慮の結果であって、申請人だけを特に理由なしに企業から排除しようと企図したものとも考えられない。
4 以上のように、本件解雇については、経営悪化による合理化の必要とそのための人員削減として嘱託職員を整理解雇の対象としたものであることが認められ、一応整理解雇としての合理的かつ相当な理由が疎明されたものということができる。
なお、一般の整理解雇については、企業の経営状態が悪いというだけで、ただちに解雇の正当性が肯定されるわけではなく、解雇以外に経営改善の余地がないこと、すなわち、希望退職の募集とか、冗費の節減その他の方法を講じて、整理解雇を回避するための措置が尽されていることも必要であるが、本件解雇にあたって、被申請人においてそのような努力や配慮がなされたことを認めるべき疎明はない。しかし、被申請人のような小規模な企業にあっては、ほかにとるべき措置も乏しく、かつ、限界があるうえ、右に述べたような嘱託職員の立場と性格からすれば、正社員の場合ほど厳格に解する必要はなく、前記認定のような経営悪化の事態とそのための経営合理化の必要が疎明された以上、ほかにこれを不当とすべき特段の事情が認められない限り、嘱託職員の整理解雇の相当性を肯定してしかるべきである。
5 (証拠略)及び被申請人代表者尋問によると、申請人の職務は、経理関係の伝票処理や帳簿記帳が主たるもので、そのほかに事務所における雑役的な用務を受けもっていたものであるが、(証拠略)、被申請人代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、申請人は、日常の勤務においても、特に経理関係の事務について、非能率的で、間違いが多いなど、職務能力が低劣であり、また、性格的にも協調性を欠き、指示に不服従な傾向があるなど、職場への適合性にも問題があったことが一応認められ、(証拠略)及び申請人本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用できず、ほかに右認定を左右すべき疎明はない。
6 また、申請人が、昭和五九年七月九日から同年八月三一日にかけて、直接あるいは一村書記長を通じて被申請人の足立会長あるいは足立社長と交渉を行ったことは前記認定の経緯のとおりであり、それが六月二八日付通知書のいう再雇用の申出にあたるかどうかはともかくとして、申請人が引続き被申請人のところで就労したいという意思をもっていたことはその交渉内容から看取できる。しかし、本件解雇は六月二八日付通知書による予告解雇であるから、同通知書においてすでに雇用契約の解除がなされているのであり、ただその効力が予告期間の満了時において生ずることになるにすぎない。したがって、同年九月二七日に被申請人が申請人に対してあらためて解雇通告(疎甲第四号証)をなしているのは、それによって解雇の効力が生ずるわけではなく、再雇用なしに退職することを最終的に確認する意味で、念のためになされたものと見るべきである。そうすると、本件解雇の有効無効の問題は、その解雇の効力を生ずべき意思表示がなされた昭和五九年六月二八日を基準として判断すべきであり、それ以降はその解雇を取消すべきかどうかの問題にならざるを得ず、解雇権の濫用とは別個の問題といわなければならない。また、申請人の右のような被申請人との一連の交渉が、従前の雇用関係をそのまま継続することを求めるものであれば、それは単に本件解雇に反対で不承知であるということにすぎないし、右通知書にいう再雇用の申出であるとすれば、本件解雇により退職することを前提として、すなわち本件解雇を有効なものとして、再雇用の可否について別途協議すべきかどうかという問題になるだけであり、いずれにしても、右のように申請人が、引続き就労したいという意思で、被申請人と交渉を行っていたという事実があるからといって、本件解雇につき解雇権の濫用の問題を生ずることにはならない。(本件においては、申請人は本件解雇の無効を主張するだけであって、再雇用による雇用契約を主張しているものではないから、六月二八日付通知書による再雇用の申出がなされたかどうかは本件では問題とする必要はない。)
7 以上のように、被申請人としては、企業の経営合理化のための人員削減の必要に基づき、嘱託職員であって、職務能力も劣り、職務適格性に問題のある申請人を整理解雇したものと認められるので、本件解雇は一応合理的かつ相当な理由によるものであることが疎明されたものとすべきであり、したがってこれを解雇権の濫用とすることはできず、ほかに申請人の主張を肯認するに足る疎明はないので、この点の申請人の再抗弁は理由がない。
二 不当労働行為について
既述のように、本件解雇は六月二八日付通知書の解雇予告によるものであり、それによって解雇の意思表示がなされたことになり、昭和五九年九月二七日になされた解雇通知は単に確認的な意義のものにすぎないから、本件解雇が不当労働行為になるかどうかについても、解雇の意思表示がなされた同年六月二八日を基準として判断されなければならない。
前記認定のとおり、申請人が労働組合に加入したのは同年七月九日であって、その日に申請人が一村書記長とともに足立会長に面会して、正式に組合結成を通告したのであるが、(証拠略)及び被申請人代表者尋問によって認められるように、被申請人が申請人の組合結成の事実を知ったのはその日が初めてであり、それまでに被申請人において申請人の前記認定の経緯に見られるような組合結成の動きを察知していたと認めるべき形跡もない。したがって、六月二八日付通知書によって申請人に対する解雇予告をなした時点では、被申請人は申請人の組合結成の動きをまったく知らなかったものと認められ、右認定に反する疎明はない。そうすると、右解雇予告は、申請人の組合結成とは無関係になされたことになるから、本件解雇は、申請人が労働組合の組合員であること、労働組合に加入し、若しくはこれを結成しようとしたことの故をもってなしたものとはいえない。また、申請人あるいは一村書記長が前述のように被申請人と交渉を行ったのもすべて右解雇予告がなされた後のことであるから、申請人が労働組合の正当な行為をしたことの故をもってなした解雇ともいえず、その他本件解雇予告が不当労働行為に該当するとされるような事情も認められない。したがって、本件解雇が不当労働行為であるとする申請人の再抗弁は容認できない。
第五結論
以上述べたとおり、申請人の再抗弁はいずれも理由がないから、本件解雇は有効であり、申請人はすでに被申請人の従業員としての地位を有しないものといわなければならない。したがって、結局申請人の被保全権利の存在につき疎明がないことになるので、本件申請はその余の事項につき判断をなすまでもなく理由がないものとしていずれも却下すべきである。そこで、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高橋史朗 裁判官 川崎英治 裁判官 藤本久俊)